絵22 青々 其一 「絵描装(描表装)」 大離図 130万円
               酒井道一  箱書
掛軸寸法56×22cm

 

本紙は 絹本。 「絵描装(描表装)」
作は 鈴木 其一(すずき きいつ、男性、寛政7年(1795年) - 安政5年9月10日(1858年10月16日))は、江戸時代後期の絵師。江戸琳派の祖・酒井抱一の弟子で、その最も著名な事実上の後継者である[1]。もと氏は西村[1]、一説には山本[2]。諱は元長、字は子淵。其一は号で、のちに通称にも使用した。別号に噲々、菁々、必庵、鋤雲、祝琳斎、為三堂、鶯巣など[1]。近代に通じる都会的洗練化と理知的な装飾性が際立ち、近代日本画の先駆的な絵師とみなされている。

表具は 「絵描装(描表装)」 其一 の 得意技です。
すべて 鈴木 其一 の 直筆です。 裂では ありません。

描き方も、本来は仏画に用いる技法である表具にも絵を施す「絵描装(描表装)」をしばしば用い、本紙の絵に多様なデザインを取り合わせ、時に本紙の中に侵入するだまし絵のような効果を与えている。

それにしても なんという 美しさでしょうか!


一文字 桐唐草 金彩
中廻し カルタ 
天地 幕から ミル貝   
軸先 頭切 柳に桜 蒔絵
箱 桐
 酒井道一  箱書

いう事なしの 掛物。

状態 良好です。 貴重品。
格安にて 強く おススメ申しあげます。
 

この 幕の 切り込みが いいですね。

描き方も、本来は仏画に用いる技法である表具にも絵を施す「絵描装(描表装)」をしばしば用い、本紙の絵に多様なデザインを取り合わせ、時に本紙の中に侵入するだまし絵のような効果を与えている。

お雛様の 金彩は 盛り上げの 高蒔絵 です。

こういう 雛を 別名 室町雛 ともいいます。

鈴木 其一(すずき きいつ、男性、寛政7年(1795年) - 安政5年9月10日(1858年10月16日))は、江戸時代後期の絵師。江戸琳派の祖・酒井抱一の弟子で、その最も著名な事実上の後継者である[1]。もと氏は西村[1]、一説には山本[2]。諱は元長、字は子淵。其一は号で、のちに通称にも使用した。別号に噲々、菁々、必庵、鋤雲、祝琳斎、為三堂、鶯巣など[1]。近代に通じる都会的洗練化と理知的な装飾性が際立ち、近代日本画の先駆的な絵師とみなされている。

作風と系譜
高い描写力に裏打ちされた明快な色彩と構図、驚きや面白みを潜ませる機知的な趣向は、敢えて余情を配するかのような理知的な画風を特徴付けている。琳派の掉尾を飾るとも評されるが、美人画や風俗画などの単に琳派や抱一様式に収まらない、個性的な要素を多く含んでいる。
描き方も、本来は仏画に用いる技法である表具にも絵を施す「絵描装(描表装)」をしばしば用い、本紙の絵に多様なデザインを取り合わせ、時に本紙の中に侵入するだまし絵のような効果を与えている。
こうした肉筆画の一方、其一は狂歌本挿絵や狂歌摺物、団扇絵版錦絵や千代紙といった版下絵の仕事も積極的にこなしている。

酒井道一 さかい-どういつ
1846*−1913 明治時代の日本画家。
弘化(こうか)2年12月21日生まれ。山本素堂の次男。鈴木其一(きいつ)に琳派(りんぱ)の画法をまなぶ。酒井抱一(ほういつ)の画風に傾倒し,酒井鶯一(おういつ)の養子となり,雨華庵4代をついだ。日本美術協会,帝国絵画協会の会員。大正2年2月11日死去。69歳。江戸出身。名は顕真。号は光阿。

 

 

 

 

 

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