掛軸と茶道具の卸店、ひなや福寿堂です。

          

絵49 川村曼舟 桃春 12万円 松本一洋 極め箱
掛軸寸法 57.5×129cm 本紙寸法 43.5×35cm

まず ご丁寧に 東京美術倶楽部の 鑑定書があります。
しかし 川村曼舟 という画家 たいしたもん だったんですよ。
まあ それは ともかく 商品説明です。

本紙は 絹本。
経年のための変色あります。
のどかな 農村の風景。
いわゆる 俯瞰図で 牛が 一頭 桃の畑に 迷い込んだんでしょうか?
まわりにある 桃の木に 咲いた花の 美しいこと。
あっけに 取られたよう、、、 ポカン としています。
牛の 目線が 、、、

こんな事 たまに ありますね。

表具は 京表具。極上。
やさしい、やさしい お雛様の掛物です。
二重箱。
松本一洋が 箱に 極めています。
経年のための変色あります。

 

川村曼舟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
移動: 案内, 検索

山元春挙に師事し、1902年新古美術品展で三等賞、1906年京都市立美術工芸学校助教諭、1910年教諭。1908年文展で三等賞、1916年「竹生島」で特選、翌年「日本三景」で特選、1922年京都市立絵画専門学校教授、1936年校長(兼美術工芸学校長)。春挙門下四天王の一人と言われ、師の没後早苗会を主宰。1931年帝国美術院会員、37年帝国芸術院会員。

--------------------------------------------------------

 

松本一洋(まつもと いちよう、1893年(明治26)〜1952年(昭和27))
京都出身。本名は謹之助。号は一洋。京都市立絵画専門学校

京都市立美術工芸学校に次いで、京都市立絵画専門学校日本画科に学ぶ。
山元春挙の画塾「早苗会」でも学ぶ。
在学中の1915年、第9回文展にて「壬生狂言の楽屋」にて初入選。
以降、文展、帝展に出品入選を重ねる。
1927年第8回帝展「蝉丸」、及び翌28年第9回帝展「餞春」がそれぞれ特選受賞となる。
33年に審査員、36年新文展委員、39年新文展審査員を歴任する。
その間、36年には母校京都市立絵画専門学校の教授にも就任して、後進の指導にも尽力
(43年には私塾耕人社も主宰している)。

戦後は、日展に参加して、47年に審査員、50年に運営委員会参事などに就任。
伝統的な大和絵を研究し、主に歴史風俗をモチーフにした作品を多く残し、
新興大和絵系画家の代表格として活躍を示した。

印名は「一洋」 「壹洋畫印」 「松本印信」 「松本一洋」 「弌洋」 「吉」 「謹」 「移稚之印」
「移稚幼作」 「光雲」 「至郎」 「梥謹子」 など
 

このページに直接入られた方は こちらから TOP へ お帰りください。

具、します。  鑑定見積り  無料です。  お気軽にどうぞ   

お問合せは、
ひなや福寿堂 TEL.FAX 0798−26−2553 へお願いします。
〒662-0042 兵庫県西宮市分銅町7-6
http://.hinaya.biz
E−mail:info@hinaya.biz