底に 墨で 4文字 あります。 判読できません。  ↑

 

f72 古清水 笹文酒瓶 28万円 合せ箱
胴径9.5cm 高さ19.5cm

古清水 、 古清水 、 と 申しますが 一般に どれほどの 時代のものなのかしら?

今の清水焼 と どう違うのか ? 

まあ モチロン 当店の お客様に おかれましては ご説明ご無用のことと 存じますが

そこを 押して 今一度 私自身の復習として 以下簡単に 纏めましたので

お屠蘇と おせち料理に 辟易された向きは 久方のパソコンにむかって ひと時を お過ごし頂くのも 一興かと ぞんじあげます。

尚 ひなやの説明は 例によって 今年も 初心者向けに 書いていますので 熟練者は スルーしてください。

 京焼 河原正彦 陶磁体系 26 平凡社。

では 古清水 についての 専門書は 世間にあまた ございますが この本が 一番 簡潔明瞭と おもいます、この 本に準拠して お勉強しなおす ことに 致しましょう。

 

・・・  まず 古清水 というものの 年代について ずばり 結論を 申し上げます。

寛文〜文化・文政(1804〜30)期にわたる 約150年〜200年の 期間に製作されたもの。 では 下の表を ごらんください。 解りにくいでしょうが 一番下の 白の横線の 期間が それです。

これを 見ると お解りでしょうが そんなに 古いことでは ありません。

鎌倉、室町というような 古窯にくらべて ずっと後です。 だから 古窯と 古清水 を混同しないでください。

ようするに 古窯という 色んな陶器が 日本各地に 現れて、 そこから 古清水 というような 綺麗な焼き物が 2,300年して やっと 京都で 開花した ということです。

・・・ 次に 古清水 の種類の 名称 としては 

粟田口焼、深菩薩(みぞろ)焼、岩倉焼、音羽焼、清閑寺焼 など

・・・ 古清水 の 場所は 京都 東山山麓一帯。

 

・・・ 次に 古清水 の 特徴は ここが 大事なところで 他の窯とは 大変 違います。

水指、掛花入、香合、向付 など 宮方、金森宗和などの堂上茶人の 好みを反映し、いわゆる王朝風な堂上好み、有職意匠に 因んだものが多い。

・・・ 印について 

印は あるものと 無いものがあって 無印のものの方が 多い。

無印、有印について 作品の優劣は なくて 無印のほうが 優作が 圧倒的に 多い。

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以上で あまりにも 簡単ですが 古清水 の 説明は 終わらせて 頂くと 致しまして、 本日 ご案内の 古清水 笹文酒瓶 の 類似品 としては この本の 挿絵40 の これです。

 京焼 河原正彦 陶磁体系 26 平凡社。 挿絵40

この徳利と 同程度のもので 本品の 図柄は 笹の絵。

とくに 上出来で 笹の釉のたまりは 上の画像の 梅よりも もっと タップリと 盛り上がっています。

上手の 古清水 の 釉は 盛り上がっておって 本徳利も その手に 間違いありません。

印は無し。

状態 良好です。

脇床に 飾るも 良し。

白梅の 一枝を 活けるも良し。

貴重品にて 強く おススメ申し上げます。

平成28年の 初春を 祈念して。

今年も よろしく お願い申しあげます。

 

【京焼】より

古清水:制作年代が、京都で磁器が開発される江戸後期以前の、また、江戸後期であっても、磁器とは異なる京焼色絵陶器の総称として用いられています。 なお、京都に磁器が誕生すると、五条坂・清水地域が主流生産地となり、幕末にこの地域のやきものを「清水焼」と呼び始め、それ以前のやきものを総称して「古清水」の呼称を使う場合もあります。したがって、色絵ばかりでなく染付・銹絵・焼締め陶を含む、磁器誕生以前の京焼を指して「古清水」の名が使われる場合もあります。 古清水の名で呼ばれる、緑・紺色の色釉を用いた色絵陶器や、それらに赤・金彩などの色釉で絵付けされた色絵陶器は京都らしい優雅な情感にあふれています。全体に淡い卵色の肌に細かいヒビが入り柔らかい風合いを持っています。

…仁清は1656‐57年(明暦2‐3)ごろから本格的な色絵陶器を焼造した。その典雅で純日本的な意匠と作風の陶胎色絵は,粟田口,御菩薩池(みぞろがいけ),音羽,清水,八坂,清閑寺など東山山麓の諸窯にも影響を及ぼし,後世〈古清水(こきよみず)〉と総称される色絵陶器が量産され,その結果,京焼を色絵陶器とするイメージが形成された。一方,1699年(元禄12)仁清の陶法を伝授され洛西鳴滝の泉山に窯を開いた尾形深省(尾形乾山)は,兄光琳の絵付や意匠になる雅陶を製作し,〈乾山(けんざん)焼〉として広く知られた。…

 

誕生の背景には、安土桃山時代から京の商人が岐阜県東濃地方の美濃焼を購入する為に文化交流が盛んあったことがあります。岐阜県土岐市の陶磁器資料館にも卸問屋の帳簿に記載が有ります。江戸後期になって,清水焼の需要が増えた為に生産が追いつかなかったようです。その理由は瀬戸や美濃の窯数は膨大な数に対して清水はわずかな窯しかなくて生産の対応ができなかったことによります。そのために美濃の素焼きを京の商人が購入して,清水で絵付けのみ清水で対応したようです。古清水焼は美濃焼と良く似ている為に間違えやすいのはこのためです。江戸時代の古清水焼は伝世品の品数が極めて少なく、この作品を古清水焼と混同しやすいようです。

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「古清水」という名称は、制作年代が、京都で磁器が開発される江戸後期以前の、また、江戸後期であっても、磁器とは異なる京焼色絵陶器の総称として用いられています。

なお、京都に磁器が誕生すると、五条坂・清水地域が主流生産地となり、幕末にこの地域のやきものを「清水焼」と呼び始め、それ以前のやきものを総称して「古清水」の呼称を使う場合もあります。したがって、色絵ばかりでなく染付・銹絵・焼締め陶を含む、磁器誕生以前の京焼を指して「古清水」の名が使われる場合もあります。

古清水の名で呼ばれる、緑・紺色の色釉を用いた色絵陶器や、それらに赤・金彩などの色釉で絵付けされた色絵陶器は京都らしい優雅な情感にあふれています。

松斎窯さんより お借りしました。

 

 

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