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釜2 鉄丸鐶 凡鳥 銀象嵌 角谷興兵衛(与斎)造  45000円
              11代宗也 無適斎箱書 
共箱 直径8.3cm 共箱 共裂

キレイさび と いった感じの 銀象嵌の釜鐶。 渋い感じです。鳳凰の羽が のびのびと 羽根をひろげて 丸い釻を大空に   見立てて 飛んでいます。おおらかなものですね。久田さんの お箱書もあって ちょっと贅沢なものです、、、
錆びが 少しあります。 資料 落款花押大辞典 淡交社より
 

箱書 浪花 興兵衛作 鉄丸鐶 凡鳥 銀象嵌あり 半床 花押 真形釜に添ふ


角谷與兵衛は大阪の釜師で裏千家出入り職方です。
淡々斎より与斎の名前を頂き、現在では三代与斎がご活躍されております。
人間国宝の一圭さんの弟でもあります。


 

参考 
同名の釜師がいますので ご注意ください。
吉羽興兵衛 (京釜師、吉羽家三代目)
二代 吉羽 興兵衛(よしば こうべい)
< b.1930 - >
1972年 昭和47 42歳
壬子 二代興兵衛を襲名する。

高倉久田家 [編集]
4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。その後の久田家の継承は表千家の継承の影響を受けて波乱が多い。7代皓々斎宗也が没した際に次男達蔵が残されていたが、前年生まれたばかりのため後見人として関宗厳を養子に迎え8代宗利とした。その後表千家9代了々斎(皓々斎宗也の兄)が没したため、達蔵が表千家10代を継承した。宗利は性行不良で大阪にて客死し、久田家は一時中絶となる。改めて表千家7代如心斎の姻戚である住山家より、住山家8代云々斎楊甫の孫を養子に迎え9代宗与とした。しかし宗与は夭逝し、改めて表千家10代吸江斎の子を養子に迎え10代宗悦とした。宗悦も1895年に40歳で夭逝したため、11代無適斎宗也は表千家に引き取られ再び一時中絶となる。無適斎宗也は1917年に表千家12代惺斎の援助を得て再興し、現在に至る。
 

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