掛軸と茶道具の卸店、ひなや福寿堂です。

 

 

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k40 鉄祭礼図眉無風鑪 茶之湯釜全集10 長野垤志編 所載 
口径31.5cm 胴径33cm 高さ20cm
火窓の幅17.5cm 高さ10.8cm   

まず この風炉は 
茶之湯釜全集10 長野垤志編 70、71頁に 所載されています。
それ そのものです。
類似品では ありません。

編集者である 長野垤志
昭和38年人間国宝。
昭和52年7月14日死去されました。
釜師ですが もう一つ 大事業を 成し遂げられました。
それが この 大著 茶之湯釜全集10巻 です。

詳しくは 下記を ご参照ください。

では その 長野垤志さんの 説明にそって
この風炉の 説明を 以下に 申し上げます。

まず この風炉に 長野垤志の箱書が あります。


鐡前欠風炉
一、口径壱尺0五厘 一、高さ六寸六分
一、胴径一尺一寸弐分
 軸足の大きな風炉で、文様は右
側に車上の布袋を押出し 火口下か
ら左側まで綱を延し唐子と南蛮人
がこれを曳いている。祭りを現したも
のでもあろうか、これと全く同図の肩
衝の博多釜がある。所製年代は材
質手法等から
慶長時代の博多作
と考えられる。
昭和巳酉七月日 釜作り 垤志㊞

慶長時代の博多作 とあります。

慶長(けいちょう)は、日本の元号の一つ。
文禄の後、元和の前。1596年から1615年までの期間を指す。
この時代の天皇は後陽成天皇、後水尾天皇。
江戸幕府将軍は徳川家康、徳川秀忠。


ちなみに 豊臣秀吉が 死んだのが 慶長三年です。

博多作 とありますが これは 博多の芦屋のことです。

これを 芦屋釜 とか 古芦屋 としていませんが
これは
芦屋 とか 古芦屋とかの 定義が 曖昧である。
という 理由に よります。
むしろ 時代を 慶長 としていますので これが 最も 適切です。

最終行に 昭和巳酉七月日 とありますが これは 

1969年 昭和 44年 己 酉

です。

この本の 発行は 昭和50年8月20日。

以上が 箱書の説明です。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



次に

茶之湯釜全集10 長野垤志編 70頁 右下に
長野垤志の コメント があります。
この画像が それです。

ここには 箇条書きにします。

1、図柄は 博多のどんたく かもしれない。
2、同じ図柄の 釜がある。
3、材質は 南蛮鉄。
4、製作年代は 
天正後期と 考えられる。

これは 箱書と ほぼ 同様の内容ですが
一つ違うのは 製作年代です。
本のコメントには 天正後期と しています。

天正は ほぼ 桃山時代で 1573年〜1593年 の約20年間です。

ということは

先の箱書では 慶長、1610年頃 として
本では 天正後期、1590年頃 と 見解が 変っています。

約20年ほど 年代が 遡っています。

これは 箱書の後 4年程の間に 
この全集を 編集するにあたって 
時代査定について 修正されたことを 物語りますが
これは おそらく
同図釜の 考証の過程に おけるものと 考えます。


では 次に 状態について −−−−−−−−−−−−−−−−

一言でいえば 誠に 良好です。

特に 外側 表面は 全く損傷ありません。

では 内側は あるのかというと やはり ありません。

底などに 僅か ヒビのようなものが ありますが
これは 欠点とは いえないと 思います。
いずれにしましても 98パーセント OKです。
でも
必ず 手にとって 見て下さい。

納品は 当店負担です。 送れません。

超希少品です。

おすすめ申し上げます。


 

長野垤志 ながの-てつし

1900−1977 昭和時代の釜(かま)師。
明治33年10月28日生まれ。山本安曇(あずみ),香取秀真(ほつま)に師事。のち名古屋の釜師伊藤一正を知り,茶の湯釜を研究し,古作釜の技法や様式を現代にいかした。昭和38年人間国宝。昭和52年7月14日死去。76歳。愛知県出身。本名は松蔵。著作に「あしやの釜」「天命の釜」,作品に「矢筈(やはず)釜」「松林図肩衝(かたつき)釜」など。

 

 

 

 

 

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