掛軸と茶道具の卸店 ひなや福寿堂です。

 

k23 仁阿弥道八 翡翠香合  16万円
    九代 高橋道八 極め箱
胴径8cm 高さ5.3cm

作は 仁阿弥道八 。

さすがに 釉の変化、造形ともに 並みでは ありません。

嘴と 尾の キレは 見事です。

二重箱に入って 外箱に 九代 高橋道八 極め箱 。

カワセミの香合の底に 仁阿弥 の刻印あり。

以上 次第は 完全です。

やはり 極めが こういうふうに ありますと 安心ですね。

そして カワセミの香合そのものも 古いものですが 状態 完全です。

ちなみに カワセミは 五月五日 端午の節句の お道具です。

姿が 非常に美しいこともありますが

カワセミという鳥は 獲物を狙いますと 絶対に 外しません。

「百発百中」 というのが この鳥です。

男の子は やはり こうありたいものですね。

その カワセミ に あやかっての お道具で ございます。

こういう お席ですと お待合は やはり 河原ナデシコ なんぞで 決めたいですね。

と いろいろ 夢が膨らんだところで 毎度のごとく

状態 良好です。

格安にておススメ申し上げます。

 

 

仁阿弥 道八(にんあみ どうはち、天明3年(1783年) - 安政2年5月26日(1855年7月9日))は江戸時代後期の陶芸家。二代高橋道八なのだが、一般的に「仁阿弥道八」の名前で有名である。隠居名「道翁」。

初代・高橋道八の次男として生まれ、兄の早世により29歳で家督相続、京・五条坂に開窯。奥田頴川、宝山文蔵らのもとで修行を積み、青木木米らと共に京焼の名手として知られる。仁和寺宮より「」、醍醐寺三宝院宮より「阿弥」の号を賜り、出家名「仁阿弥」を称する。45歳の時に紀州藩御庭焼(偕楽園焼)立ち上げに参画、以後、高松藩御庭焼(賛窯)、薩摩藩御庭焼(磯御庭焼)、角倉家御庭焼(一方堂焼)、西本願寺御庭焼(露山焼)などの立ち上げに参画、京焼技法の全国頒布に助力。天保13年(1842年)、伏見に隠居するも、以後も「桃山窯」を開窯、作陶を続けた。

高橋道八家
  高橋道八家の初代は、江戸後期、伊勢国の武士の子として生まれ、
京都の粟田口に出て陶器業をはじめました。
つとに有名な二代道八は「仁阿弥道八」とも呼ばれ、五条坂に転居
し、茶道具のほか、煎茶道具、置物など多岐にわたる作品を
作り「道八様式」を確立させました。
 その中で「道八黒」と呼ばれる漆黒の中に銀色に光る細か
な結晶があらわれた釉薬を完成させ、以来、道八家の代名詞
の一つとして受け継がれています。
 先代とともに二人三脚で作品づくりに打ち込んできた
九代高橋道八も、その作風を受け継ぎます。
                           

 

 

 

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