掛軸と茶道具の卸店、ひなや福寿堂です。

 

 

 

 

  

 

書18 鵬雲斎 無 無尽蔵 35万円 共箱
掛軸寸法33,8×157cm
本紙寸法31,2× 80cm

本紙は 紙本。

やや 黄色めで 木の皮のはいった 民芸紙 ともいえます。

大きさは 茶掛として 普通で 丈が やや 短くて
足元が スッキリ した 良い 姿で 尚 良い 寸法。

文句について

無 無尽蔵。

無 を 大書きして その下に 無尽蔵 と 小書き。

なので 箱書は 無 小書共 鵬雲。 とあります。

やや 難解な言葉のようですが 全く 簡単です。

無一物中無尽蔵 と いう言葉を 略しただけです。

これが 鵬雲斎宗匠の センス です。

無一物中無尽蔵 については 下記を ご参照ください。
私には 手におえません。

要するに こういうことです。−−−−−−−−−−−

無一物中無尽蔵 というのは 7文字。

よく 見る言葉ですが 難しい。

それに 書く者のとっても 7文字は しんどい。
見るほうも しんどい。

そこで 真ん中の 中 と言う字を 省略して 無一物 無尽蔵
というのは よく ご覧に なられるでしょう。

もうひとつ 円相の中に 無尽蔵 というのも 見かけます。

まあ そんなふうに 書くほうも 苦心して いらっしゃる訳です。

こうして 見やすく して 下さった という ことですね。

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みていて 気持ちの良い 掛物です。

表具は

一文字 本金 竹屋町
中廻し 松文 銀襴 
(是が良いですね。)
天地 支那パー 正絹
軸先 頭切 黒塗
箱 桐 共箱 紙タトウ


極上です。

わずかな 欠点あります。 シミです。

一番上の 無 という字の 上の 左右に うっすらと 黄色いシミが あります。

全く 気になるようなものでは ありませんが
念のため 画像を よく ご覧ください。

結論として 状態は 非常に 良好です。

鵬雲斎宗匠の 最高の レベルの 掛物です。

強く おすすめできます。






無一物中無尽蔵  (東披禅喜集)

 紈素(がんそ)画(え)かず意高き哉(かな)

 若(もし)丹青(たんせい)を著(つ)くれば二に堕し来る

 無一物(むいちぶつ)中、無尽蔵(むじんぞう)

 花あり月あり楼台あり


紈素とは織ったままの白い絹生地をいう。その白絹地

と言うものは、純にして清廉高貴の色で第一義である。

 その紈素に赤や青など色彩をつければ、それは第二義

に堕してしまうだろう。本来無一物だからこそ却って

全宇宙の存在のすべてが全自己の命そのものであり、

自分でないものは何一つなく、すべてを投げ捨て

無一物に徹すれば、そこには真理の姿として一切が

無尽蔵に現成されるのだ。

 本来無一物とは読んで字のごとく、本来執すべき一物も無い、何も無い、

一切空であり、絶対無であることを意味する。分別相対的な観念を全くはさま

ない世界なのである。本来の心、仏性にはもとより塵や埃はないではないか。

 何事にもとらわれない、「空」や「無」と云う悟りさえとらわれないところ

であるから、煩悩妄想の起きようもないというところの心境をいう。



 さらに無一物の境地は、万法に広がる

世界であり、限りないものがあり、その

ままが「無一物中、無尽蔵」の世界なの

である。自分を尽くしきり、無心の徹し

切れば宇宙の真源に同和し、全宇宙は

自己となり、天地同根万物一体なりで、



すべてのすべてのすべては、たった一つ の真実体なのである。

 花も月も楼台も悉く自己ならざるはなしである。「華厳経」では一切即一、

一即一切の哲学が説かれ、大自然そのものが法身である毘廬遮那仏と応化の

釈迦とが同一であるように、我々もまた毘廬遮那仏と同一であり、仏性を持つ

ものとして煩悩に満ちた生がそのまま肯定されて歓喜の内に救済されるのだ。

 

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