書39 月見ほてい (賛 八世 小堀宗中)(絵 狩野永岳) 25万円
        小堀宗慶 極め箱
掛軸寸法59×121cm
本紙寸法56.5×31cm

本紙は 紙本。
横物にて 姿良し。
書は ピリリと 辛い (賛 八世 小堀宗中) 
江戸後期の 遠州の 茶人。

絵は (絵 狩野永岳)
同じく 江戸末期の 狩野派の 画家です。
布袋さんの 仕草が 何とも いえません。

名コンビの 合作です。
しかも 極め箱は 小堀宗慶
次第完璧です。

賛は 四文字。
雲風清拂

いうことなし 最高の 茶掛です。


表具は 裂表具。 極上。
一文字 牡丹唐草吉祥文 金襴
中廻し  木瓜龍 唐草文 どんす 
天地   細?(しけ)正絹
軸先  頭切 黒塗
箱    桐

状態 良好です。
強く おススメ申しあげます。



8世 小 堀 宗 中
正優 正保 号・宗中 和翁 塩味 慶応3年6月24日(82才)
天明6年(1786)小堀大膳亮政寿(まさひさ)の嫡子として近江の小室に生まれた。幼名は梅之助。 天明8年(1788)5月6日、小室領地が没収されてからは、京都孤篷庵で育った。慶応3年6月24日、82才の長寿を全うし、江戸屋敷で没した。

12世 小 堀 宗 慶
正明 宗慶 号・喜逢 興雲 成趣庵 紅心  平成23年4月24日 89才
 大正12年(1923)1月14日遠州茶道宗家11世小堀宗明の長男として生まれる。 東京美術学校(現東京芸術大学)在学中、学徒出陣にて満州に従軍。 終戦後シベリアで4年間の抑留生活を送る。昭和24年9月に復員し、翌25年音羽護国寺に於いて、遠州公嫡子大膳宗慶公の号を襲名し、以来茶道界発展に尽力。同37年に12世を継承


狩野 永岳(かのう えいがく、 寛政2年(1790年) - 慶応3年1月2日(1867年2月6日))は、江戸時代後期に京都を中心に活躍した画家。京狩野家9代。桃山風の画風を基本に円山四条派や文人画、復古大和絵など様々な画風を取り入れ、低迷する京狩野家を再興した。永岳(永嶽)は諱。初名は泰助、字を公嶺。山梁、晩翠、脱庵などと号した。代々の通称、縫殿助(ぬいのすけ)を名乗った。京都の人。

 

8世 小 堀 宗 中
正優 正保 号・宗中 和翁 塩味 慶応3年6月24日(82才)
天明6年(1786)小堀大膳亮政寿(まさひさ)の嫡子として近江の小室に生まれた。幼名は梅之助。 天明8年(1788)5月6日、小室領地が没収されてからは、京都孤篷庵で育った。慶応3年6月24日、82才の長寿を全うし、江戸屋敷で没した。
 

狩野 永岳(かのう えいがく、 寛政2年(1790年) - 慶応3年1月2日(1867年2月6日))は、江戸時代後期に京都を中心に活躍した画家。京狩野家9代。桃山風の画風を基本に円山四条派や文人画、復古大和絵など様々な画風を取り入れ、低迷する京狩野家を再興した。永岳(永嶽)は諱。初名は泰助、字を公嶺。山梁、晩翠、脱庵などと号した。代々の通称、縫殿助(ぬいのすけ)を名乗った。京都の人。

 

極めは

12世 小 堀 宗 慶
正明 宗慶 号・喜逢 興雲 成趣庵 紅心  平成23年4月24日 89才
 大正12年(1923)1月14日遠州茶道宗家11世小堀宗明の長男として生まれる。 東京美術学校(現東京芸術大学)在学中、学徒出陣にて満州に従軍。 終戦後シベリアで4年間の抑留生活を送る。昭和24年9月に復員し、翌25年音羽護国寺に於いて、遠州公嫡子大膳宗慶公の号を襲名し、以来茶道界発展に尽力。同37年に12世を継承

 

 

 

 

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