掛軸と茶道具の卸店、ひなや福寿堂です。

    

   

  

外箱 小堀宗慶 極め箱 ↑

 

内箱 四世 宗瑞政房 箱書

 

表具 奥村吉兵衛 製 ↑

 

書43 江月宗玩筆 謝硯偈 
     内箱 四世 宗瑞政房 箱書
     外箱 小堀宗慶 極め箱
          表具 奥村吉兵衛
掛軸寸法74×112.5cm
本紙寸法63×29cm 

スゴイ 掛物です。

説明は しますが 膨大に なりますので 簡略に 以下 ご説明 申し上げます。

詳細については ご覧頂かねば しょうがありません。 ご足労ですが 、、、

ひなや福寿堂 秋の茶道具展 開催。 平成28年 1118 日(金)〜23日(水 、祭日)

にて 是非 ご覧ください。 価格も 明示いたします。

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ではまず 作は 江月宗玩 。 こういう人です。 説明は 不要とは 存じますが 、、、 ひなやの説明は 初心者向けに 書いていますので 熟練者は スルーしてください。

こうげつ‐そうがん〔カウゲツソウグワン〕【江月宗玩
[1574〜1643]江戸初期の臨済宗の僧。茶人。号、欠伸子・慒袋子・赫々子など。津田宗及の子。大徳寺の住持。茶を父や小堀遠州に学び、詩文・書にも秀でた。

  

本紙は 紙本。

横物にて 姿よし。

内容は 以下を ご覧ください。

ようするに 道ニ という 老人に 風の形の 硯を 貰った、なんとも ありがたい 出会いで あった。 とあります。

そして 道ニ老人について の お話が ありますが これが又 禅味あふれる ので ございます。

どうも 道ニ老人 というのは 只者では なさそうです。

 

 

以上 ご面倒ですが よく 読み下してください。 なんとも 含蓄のある 文章で ございます。

 

次に 箱は 二重箱で 箱書は ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

内箱  四世 宗瑞政房 箱書
外箱  小堀宗慶 極め箱  
(花押は 50歳代の ものだそうです。)

と ダブルの 箱書 です。 画像を よく ご覧ください。

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次に

表具は 極上 古裂表具。 表具 奥村吉兵衛 製

一文字 二重蔓 牡丹唐草文 竹屋町
中廻し 間道 衣装裂 どんす 
天地 紬  
軸先 頭切 象牙
箱 桐 二重箱

だいたい こんなとこで ございます。 詳細は いつでも ご覧頂けますので 是非 お立ち寄りください。

状態 非常に 良好です。

超 希少品につき 強く おすすめ 申し上げます。



 

江月宗玩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
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江月 宗玩(こうげつ そうがん、天正2年11月8日1574年11月21日) - 寛永20年8月19日1643年10月1日))は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗大徳寺住持の豪商で織田信長豊臣秀吉に茶頭として仕えた津田宗及の子。津田宗凡は兄。俗名は宗丸。幼名を道丸、次いで春松。号に欠伸子、慒袋子、赫々子など。は大梁興宗禅師。

幼少より春屋宗園に師事し、15歳の時に剃髪して宗玩を名乗る。1610年に大徳寺156世住持となり、1611年の春屋の死により黒田氏の菩提寺、塔頭龍光院を継ぎ、字を江月とした。翌1612年に孤篷庵を創建し、総見院崇福寺東海寺などの住持を経て、1643年に龍光院にて死去した。当代一流の文化人として知られ、特にその書は沢庵宗彭清巌宗渭とともに床掛けとして流行した。また、茶の湯を父の津田宗及、小堀遠州に学び、千宗旦と交流して堀直寄らを弟子とした。松花堂昭乗狩野探幽との親交も知られる。紫衣事件では沢庵、玉室宗珀らとともに幕府に抗議して詰問を受けたがひとり許されている。

 

 

 

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