39 広瀬柏園 曳き舟の図 風炉先 65000円 ダンボール箱
全体の寸法 189×33cm
本紙の寸法 178×24cm

とても 古い屏風です。

本紙は もっと 古いです。

傷んでいたので 仕立て直しています。

仕立て直したのは 大体ですが 昭和初期。

この絵の 作者は 広瀬柏園 という画家です。

近江の人です。

生没年は 天保頃(1830〜1844)の人。 ですが

正確な 年代は 大体ということに して下さい。

では 作品の説明です。

全体は お茶で 有名な 曳き舟の図 です。

この 水墨画が 素晴らしいです。 鳥羽絵風。

この人 俳人だったようで 本来の画技は なんか 古めかしい 狩野派 か 南画のような 筆なんですよ。

ところが 俳句に関すると 突如 琳派のような 垢抜けた 絵に なるんです。

琳派 といっては 言い過ぎかも しれませんが そうなんです。

で この作品 とても 助かります。

書も はいって 印も 入って 状況証拠が よかった よかった なんです。

私のような 商売を しておりますと ほんとに ありがたい。


書のほう 賛 の説明です。

右端から いきます。

巳未 晩春
湖上半漁戯墨 并書 印

淀ふ年や
? ? に
まし流
ほととぎす
去来。

自分の 曳き舟の絵に 去来の 句を 賛した。 ということです。

ところで

私の資料では 己未は 安政6年 1859年 です。
ところが
生没年は 天保頃(1830〜1844)の人。
ということに なると
死んでから 15年後 ということになります。

それは ありえない のですが

柏園の 時代考証については 各種 人名事典を みても 統一されていません。
これは 今後の 研究課題です。

それは 専門家に おまかせしましょう。

大事なのは お茶にとって 素晴らしい 風炉先で ある。
という 一点であります。


だから ご紹介 申し上げる 次第です。

後は 学芸員さま よろしく お願い申しあげます。

ご注意。
桟は 当たったリ 塗りが 剥がれたり して 傷んでいます。
他は 破れなどの 欠点は ありません。
箱は ありません。

 



広瀬柏園 ひろせ-はくえん

?−? 江戸時代後期の画家。
広瀬順固の子。天保(てんぽう)のころの人。岸(きし)派の画風をまなんで人物花鳥をえがき,ことに虎の絵を得意とした。名は明。字(あざな)は子普B別号に万岳。

広瀬柏園
読み方:ひろせ はくえん

画家。近江生。名は明、字は子�、柏園は号、別号に万岳。順固の子。画を父に学び、また俳句も能くした。天保頃(1830〜1844)の人。



向井去来
(むかい きょらい 慶安4年(1651年) - 宝永元年9月10日(1704年10月8日)))は、江戸時代前期の俳諧師。蕉門十哲の一人。儒医向井元升の二男として肥前国(今の長崎市興善町)に生まれる。
堂上家に仕え武芸に優れていたが、若くして武士の身分をすてた。
京都嵯峨野の落柿舎(らくししゃ)に住み、松尾芭蕉はここで『嵯峨日記』を執筆した。野沢凡兆と共に、蕉風の代表句集「猿蓑」を編纂した。
「西国三十三ヶ国の俳諧奉行」とあだ名された。

 

詳しくは こちらから。

滋賀県立琵琶湖文化館の収蔵品紹介

www2.ocn.ne.jp/~biwa-bun/takaramono/takaramono1.html - キャッシュ

柏園はこのような中国故事を題材にしたものを得意とし、多くの作品を残しているが、
俳句にも優れ、湖上半漁の俳名を用い、得意の絵をいかして洒脱な俳画も多く描いて
いる。本図の人物の描写が、やや俳画風なのは、いかにも柏園らしい表現である。 大津
...

 

 

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