茶道具3 香合》

TOP 茶碗 1   3 香合 4 なつめ 茶器 5 水指・蓋置
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11 茶事の道具 器 12 その他 13 官休庵の道具 14 ひなやの茶事 一行もの 待合掛

 

香合25 四代 和田桐山 兎 香合 共板 4万円
      淡々斎 箱書 
胴径6.5cm 高さ5.5cm

香合24 真葛香斎 染付スミ田川 香合 4万円 共箱
        12代久田宗也(尋牛斎) 箱書
胴径6.3cm 高さ5cm

 

 お買い上げ有難うございました。

香合13 十五代 坂倉新兵衛 萩 ビワ香合
        
18,000円 共箱
        宗完 在判 箱書
胴径10.5cm 高さ2.8cm

香合22 川本光春 色紙形 桐 香合 15,000円 共箱
胴径6.8cm 高さ2.5cm

 

香合17 黒田宗傳造 扇面 香合 35,000円 共箱
       尋牛斎 在判 箱書 銘 清風
胴径10.2cm 高さ2cm

香合11 宗哲作 黒一文字 香合 雁埋物 永楽造
 55万円 即中斉好 在判 箱書
胴径7.8cm 高さ2.2cm

 

香合3 六代 左入 魴鮄 香合 22万円 (二重箱)
       九代 了入 極め箱
胴径9cm 高さ2cm

 

 

香合4 干柿 香合 15000円 合せ箱
胴径7cm 高さ3cm

香合16 三砂良哉 法隆寺古材 もみじ形 香合 15万円 共箱
       愈好斎 乱菊自筆 在判 箱書
胴径10.5×8cm 高さ1.5cm 

 

香合85 十三代 楽吉左衛門 (惺入) 鶏 香合 12万円 共箱
胴径6.5cm 高さ6.5cm

k27 十代  大樋長左衛門 翁面香合 8万円 共箱
胴径5cm 高さ4.3cm

 

k93 十代 三輪休雪 萩雀香合 9万円 共箱
胴径6.5cm 高さ5cm

香合29 楠部彌弌 染付末廣 香合 3万円 共箱
胴径4.5cm 高さ1.8cm

 

k99 四代 川端近左 佛国産 マロニエ香合 16万円 共箱
      即中斉 在判 箱書
胴径3.6cm 高さ2.8cm

 

茶盌106 九代大樋長左衛門 かつふ香合 22000円 共箱
胴径15cm 高さ4cm

 

k119 永楽善五郎 交趾 荒磯香合 10万円 共箱
      鵬雲斎 箱書
胴径7.8cm 高さ4.2cm

 

 

香合101 十六代 永楽善五郎 染付 台福助  香合

25万円 共箱 即中斉 箱書
胴径4.3×4.8cm 高さ6.7cm

香合109 神奈川焼 井上良斎 鴛鴦香合  16万円 共箱
        即中斉 在判 箱書
胴径7.3×4.5cm 高さ4.3cm

 

k116 楽吉左衛門 十三代 惺入 鈴香合 18万円 共箱
      即中斉 箱書
胴径5.8cm 高さ6.5cm

k113 楽吉左衛門 十三代 惺入 金溜 鈴香合  18万円 共箱
      惺斎 箱書
胴径6cm 高さ6.5cm

 

k23 仁阿弥道八 翡翠香合  16万円
    九代 高橋道八 極め箱
胴径8cm 高さ5.3cm

香合38 諏訪蘇山 宗完好み 桃 香合 25000円 共箱
蓋の径4,5 身の径4,4cm 高さ3,8cm

 

香合75 三輪休和 萩焼 結び文  香合 12万円 共箱
胴径4.5×8.5cm

k71 琴浦窯 和田桐山 祥瑞写 ミカン香合  14万円 共箱
      鵬雲斎 箱書
胴径6.5cm 高さ4.5cm

 

香合105 十一代  楽慶入 舟曳 香合 如心斉好 45万円  共箱
          当代 楽吉左衛門 極め箱  而妙斎 箱書
胴径4.8cm 高さ5cm

香合77 六代左入造 雀香合 33万円
       淡々斎 箱書 九代了入 極め箱
胴径7.3×8cm 高さ4.8cm 

 


香合55 十二代 黒田正玄 竹幟鯉 香合 淡々斎 箱書 在判 
28万円 共箱
11,3×3,7cm 高さ1,6cm

 

 


 

蘭奢待(らんじゃたい)は香木の一種。天下第一の名香と謳われる。天平勝宝5年(753年)に聖武天皇より仁王会の際盧舎那仏(東大寺大仏)に献じられた。正式名称は黄熟香(おうじゅくこう)で、蘭奢待とはその文字の中に東大寺の名を隠した雅名である。長さ156cm、重さ11.6kgの錐形の香の原木。その香は「古めきしずか」と言われる。
「蘭」→東  「奢」→大  「待」→寺
東南アジアで産出される沈香と呼ばれる高級香木で、日本には9世紀頃に中国より伝えられたとされる説が有力である。一説には日本書紀や聖徳太子伝暦の推古3年記述を云う説もある。奈良市の正倉院(元は東大寺の倉庫であったが明治以降は国が管理)の中倉薬物棚に収められており、これまで足利義満、足利義教、足利義政、織田信長、明治天皇らが切り取っている。

日本書紀 推古3年(595)
土佐の沖合に毎夜大きな光を放つものが現れて、雷鳴のような音を発した。やがてこの光るものが淡路島南岸に漂着したところ、八尺ほどの材木で、えもいわれぬ芳香を放っていた。島民がこれを薪として焚くと、あたり一帯にすばらしい芳香が満ち満ちた。聖徳大使はこの噂を聞くとすぐに使いを出し、献上させた。大使はこれが沈水香であることを知っており
「帝が仏像を造って仏教えお栄えさせたので、その徳に感じて帝釈天や梵天が漂着させた」
と語った。
帝はこの香木で観音像を造り、比蘇寺に祭ったが、時折光を放ったたという。
ーーーこの香木が蘭奢待であるという説もある。

 

 

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