茶盌38 得入作 赤茶盌 銘 赤頭巾 二重箱
       即中斉 箱書 了入 旦入 覚入 極め箱
胴径11.2cm 高さ8.2cm

作は  得入 

赤の茶盌。

状態は チョコチョコ と 口に 剥落ありますから ご注意ください。

しかし あえて 状態 良好です。 と 申し上げます。

次に 極めですが 了入 旦入 覚入  即中斉 と 四人です。 文句なしです。

そして 銘は 即中斉宗匠 が お付けになっています。

赤頭巾 。 言いえて 妙。

以上 簡単ですが 商品説明 と させて 頂きます。

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ところで この 得入 という人については 特に ご理解 頂 きたい事が あります。

そこで 以下に 簡単明瞭 箇条書きにて ご説明 申し上げたいと 存じます。

そうすることに よって この 茶盌の 深いところを お汲み頂けるかと 思います。。

例によって ひなやの説明は 初心者向けに 書いていますので 熟練者は スルーしてください。

長くなります。お許しください。

楽茶盌 磯野風船子 箸 より。  この本に 準拠して すすめます。

 

では はじめます。

八代 得入。

1、得入の人となり。

・ 長入の長男です。 延享2年(1745)生まれる。 長入32歳の子。

・ 宝暦13年(1763)三月、49歳の長入より代を譲られ 楽吉左衛門を名乗る。18歳。蒲柳の故 妻はなし。

・ 明和7年(1770)長入 没、時26歳、病弱のため 弟 惣次郎(了入)に家督を 譲って 隠居。

・ 暗翳3年没、30歳。その後 25回忌に当たって 得入の名を 送られる。

印章は 長入ににて ハッキリしない。 楽の白の中の一字が 点に なっている。

2、作いきの特徴

得入は 短命で 30歳で 亡くなったのだから 作品が 完成していない。20代の 若々しい作品ばかりである。数も 極めて少ない。

1 作品は 楽茶盌の型にはめたものが多い。独創性を 発揮するに 至っていない。

2 五岳の口縁は 穏やかに 波うっている。

3 内へ やや抱え込んだ口縁、大胆なヘラ削りや まっすぐなものはない。

4 腰は 豊かな丸さを もっている。

5 茶溜りと 茶筌ズレが 兼備わっている。

6 高台は やや小さくて 丸い。

7 高台の座は 三日月縁。

8 高台のなかに 兜巾渦巻がある。

9 高台の目跡は キチンと ほぼ等距離に 三個ある。

10 黒釉は いくぶん 薄赤みを 交えて 所々巣立っている。肌は なめらか。

11 赤釉は 中くらいの赤さで 濃くも薄くもない。

12 黒楽に 金入りの玉の絵を描く。徳(得)玉といって珍重。 この玉の絵は 如心斎の好みで 親長入の代から 引き継いだ物。

13 たいてい 厚作りで 鈍重。

14 箱、 書付は みな 吉左衛門。

15 楽家の仏壇には 得入が作った額、燭台、飾りろうそくが 置いてある。

以上が 楽茶盌 磯野風船子  にある得入に関する 説明です。 なぜ こんなに 簡単なのか ! 資料が ないんです。

・ 暗翳3年没、30歳。その後 25回忌に当たって 得入の名を 送られる。  とあるように 30歳で お亡くなりになり その次が 弟の 了入です。

そして 25回忌に当たって 得入の名を 送られる。 た訳ですから 得入の 共箱なんぞは ありえません。 それどころか 没後25年後から はじめて 得入造 という 極め箱が 初めて 登場します。 そして 大事なことは 了入の 極めが もっとも 信頼できるのです。 なぜなら 同じ屋根の下で 長入と 一緒に 作陶してきた 唯一の 人間だからです。

そして 得入の 作品は 極めて 少ないのは 当然です。 ということで この 得入の茶盌が いかに 貴重なものか お解り 頂けると と 思いますが 今ひとつ 箱書を ご覧頂ければ 一層 深く ご理解いただけるで しょう。 以下 簡単に 箱書の説明です。 上の画像を よく ご覧ください。

箱は 中箱(桐) と 外箱(桐)の 二重箱 で

中箱の 蓋裏に 得入作 赤茶碗 九代了入 印。

     蓋表に 八代目造 赤家父極書附? 不渉?論 十代旦入證 印。

外箱の 側面に 赤茶盌 得入造 了入 旦入極書付共 乙巳年皐月 楽吉左衛門證 印。  (覚入のこと)  乙巳は 昭和40年(1965)

     蓋裏に 得入作 赤茶碗 銘 赤頭巾 花押。(即中斉)

 

と 四人の箱書が あって 特に説明の要はないと思いますが ここで 大事なのは 九代了入 が あること

そして もう一つ大事なのは 十代旦入 の箱書です。 ちょっと 読めない字が あるので 申し訳ないのですが 八代目造 赤家父極書附? 不渉?論 とあって 訳しますと 八代目の得入の赤です。 お父さんの 了入が 極めをしていますから 私が 論ずるまでも ありません。 と 書いてあるのです。

そして 外箱は 昭和40年 頃に作って 覚入さんと 即中斉宗匠に 同時に 書付してもらったのでしょうね。

これで この得入の茶盌が いかに 貴重なものか お感じ頂けたことと ぞんじます。

そして 欠点は 口に数箇所の 釉の剥がれが あることですが これは くれぐれも ご了解のうえ お買い上げください。

ただ 江戸中期以前の 楽に 完品など 無いのが 当たり前で 妙に綺麗なのは かえって おかしいものです。

それらこれらを 勘案して 状態 良好です。 と 申し上げられます。

他にも 申し上げたいことは ございますが あまり長くなっても なんですので これ位で おわりますが ご質問が あれば お電話ください。 私が おれば 出来る限り お答えさせて いただきます。 恐れ入りますが できるだけ 電話で お願い申しあげます。

 

付けたり

なお 価格は 本日のみ 明示しております。 が 明日には 削除いたします。

 

八代 得入(とくにゅう、1745年(延享2)〜1774年(安永3))
7代長入の長男、本名は惣吉(幼名)のち吉左衛門のち佐兵
8代楽吉左衛門
18歳時に家督を襲名するが、25歳(1770年)のころ父長入が没すると
家督を弟に譲り、自らは隠居となり佐兵衛と名乗る。
吉左衛門としての制作期間が短くさらに早世だったため遺作はほとんど残っていないが
現存作品から作風を見ると大半が赤楽の作品で、独自の作風を築く前に没しているせいか
父・長入に似た作品を残している。
号の得入は没後25回忌にて贈られたものである。
 

 

 

 

 

 

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