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茶盌63 永楽妙全 垣柳の画 茶盌 8万円 合せ箱
     愈好斎 箱書
胴径11.3×11.7cm 高さ7.5cm

 

この茶盌の 印は 14代得全さん。

 

愈好斎 箱書 島原廓 歌舞練場 新築開場式?座 永楽造しなり。橋本精氏へ 数の内 聴松しるす。

これは おそらく (昭和2年)1927年 。

愈好斎は 

昭和28年(1953)歿、64才。 ですから 死ぬ26年前になりますから 愈好斎が 38歳のときの 箱書と 推定されます。

ところで この 昭和二年 という年は 永楽家では 妙全さんが 細腕繁盛記では ありませんが 亡き夫 14代得全さんの 後をついで 家業を キリモリしておりました。 その 妙全さんが 亡くなったのが この年 (昭和2年)です。

もちろん この (昭和2年) に この茶盌を 造る訳もなく その前の年くらいに 着手していたので しょうが 、、、

で 結論とします。 この茶盌の 印は 14代得全さん の 印ですが 作としては 永楽妙全 とするのが 正しいと 判断 致しました。

 

愈好斎

茶人。名は嘉次・宗守、別号に聴松。久田宗悦の次子で、武者小路千家の養子となる。官休庵を改築、利休三百五十年忌には弘道庵を再建した。東大史学科を卒業し、茶湯の世界にはじめて論理的な批判を加え新風を樹立したことで知られる。月刊誌『武者の小路』主宰、著述も多い。昭和28年(1953)歿、64才。

 

島原には島原歌舞練場があった。1873年(明治6年)に前身の建物が建てられ、1927年(昭和2年)に新築移転したが、花街としての島原の衰退により1996年(平成8年)に解体された。

永樂妙全(えいらくみょうぜん、1852年 - 1927年10月1日)は、京都の女性陶芸家。本名は悠。夫は永樂得全(14代 土風炉師・善五郎)。 善五郎襲名する事はなかったが、技量に優れ作品への評価は高い。

 

茶盌63 永楽妙全 垣柳の画 茶盌 10万円 合せ箱
     愈好斎 箱書
胴径11.3×11.7cm 高さ7.5cm

(昭和2年)島原廓 歌舞練場 新築開場式 記念の 茶盌。

永楽さんと 愈好斎さんの 歴史の ひとこまを 偲ばせる 懐かしい茶盌です。

しかも この 茶盌の 生まれた 昭和二年、 ちょっと 振り返るのも 楽しいですね。

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