茶盌82 永楽善五郎 15代 正全 仁清寫扇面  茶盌 16万円 共箱
胴径11.6×11.8cm 高さ6.8cm

15代 正全さんは 得全さんの 甥です。 得全さんが 亡くなったあと 奥さんの 妙全 を 助けました。 そして 明治、大正、昭和の三代に渡り 永楽家の 諸技法を 継承した。 その 業績により 特に 15代を 贈った。 とされています。 が こういう事は この世界では 珍しいことです。

きっと お人柄も あったんでしょうね。

その 15代 正全 さんの 作の 茶盌。

清水特有の 半磁器で 地色は 薄紅色。

大きさは やや 小ぶり。

図柄は 仁清寫扇面 。見事に 華やかです。

色合いは 渋く 落ち着いています。

15代 正全 の 共箱の 作品というのは そう あるものでは ありません。

貴重といえますし 華やかで 且つ 落ち着いた 良い 茶盌です。

この茶盌も 通のもの といえます。

そして 印は、 高台の脇に ありますが なんと 河濱支流 の 印です。 なにか 思い入れが おあり だったのかも しれませんね。

高台の廻りの 土見せの 部分に 経年のための 変色あります。 が これは しょうがないと 思います。

良い 茶盌で ございます。

状態 良好です。

是非 おすすめ 申し上げます。

永樂正全(15代)(1879年-1932年

永樂善五郎の発展には欠かす事ができない、15代目永樂善五郎

さて、そんな永樂正全なのですが、14代目の没後、結果的に代作として15代目を勤め続けています。妙全生存中も、手助けをするかたちで活躍をし続けており、信楽などに赴いては、陶芸への研究と修行を続けて行ったと言われています。その事からも、信楽だけでなく伊賀の写しも得意としていた事が注目されています。 また、「神楽山」という彫名も名前が知れている事からも、こういった作品を沢山残している事が見て取れます。また、研究熱心であり、12代目の永樂善五郎の写しを得意としていたのも特徴です。名手と言われていた12代目の技法を再現することで、より永樂善五郎の時代を築けていた事が、このエピソードからもよく分かるところです。 また、使用する布などに変化をつけて、精巧なものとして新たな息吹を吹き付けて行ったのです。素晴らしい号の名付け親と言われているのが、建仁寺4世竹田黙雷老師です。短い期間でもありましたが、永樂善五郎の発展には欠かす事ができない、そんな素晴らしい人物でもあったのです。

 

 

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