茶碗88 ぜぜ 鉄釉 茶碗 65,000円 共箱
        淡々斎 箱書 銘 乗合船
胴径12.6cm 高さ8cm

 

作は 淡海(近江) 陽炎園 膳所焼。
膳所特有の 小石混じりの 土。
 

膳所特有の 鉄釉です。

正面 景色の ナマコ釉が なかなかきいています。

大胆な 轆轤目も 良い景色です。

復興膳所初期の物。

大きさ、重さ ともに 標準。

淡々斎 箱書 銘 乗合船

楽しい銘ですね。

主茶碗にもいけます。

状態 良好です。

格安にておススメ申し上げます。

癸未 昭和十八年。

 

膳所は 現在 跡継ぎが なくて 廃窯に なっているそうです。
折角 復興したのに 残念な ことです。

膳所焼
滋賀県大津市にて焼かれる陶器。茶陶として名高く、遠州七窯の一つに数えられる。
黒味を帯びた鉄釉が特色で、素朴でありながら繊細な意匠は遠州が掲げた「きれいさび」の精神が息づいている。

 

 

 

膳所焼は遠州七窯の一つ
膳所焼は、江戸時代初期の茶人で武将であった小堀遠州政一(1579-1647)の指導により、好みの茶陶を焼造した遠州七窯の一つとされてきた。しかし近年の研究から、膳所焼の前史には勢田焼と呼ばれたものがあり、それに続く膳所焼には国分窯・大江窯などの窯があり、また幕末、この地域に興された梅林焼や雀ヶ谷焼、さらに大正8年(1919)に再興された復興膳所焼などを含む諸窯の総称と考えるようになっている。
 その歴史は、元和年間(1615-24)の記録や茶会記などに、勢田焼の名が登場するのに始まる。寛永年間の膳所藩主 石川忠総の時代に藩窯として当時茶道具として注目された茶壺や茶入、水指などの茶陶が作られていた。しかし藩主の国替えにより藩窯としての膳所焼は短命に終わった。
 大正8年、膳所の人岩崎健三、名窯の廃絶を惜しみ山元春挙画伯とはかり、その再興に生涯をかけ途中非常な努力を以て経営維持につとめ、茶器製作に於いては遠州七窯の一つとして恥ずかしからぬものとなり続いて健三の長男、新定その業をつぎ、今日では陶磁器業界はもとより茶道界にても膳所窯は著名な存在になっている。
 現在は大津市中庄一丁目に工房と窯があり庭内には名勝、陽炎の池が昔の姿を残している。

 

 

 

 

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