塗り直しは 15000円 かかりました。

これで 来年春に 気持ちよく つかえます。

嶋台の 塗り直しは この冬に しておいてください。

皆様 お正月前になって 慌てて なさいますが

塗りたてを 使うと 簡単に 剥げるのです。

 

茶盌98 湊本窯 嶋台 御土器師 吉右ェ門  4万円 共箱
金 胴径13cm 高さ7.8cm 
銀 胴径18cm 高さ6cm

作は 大阪堺の 御土器師 吉右ェ門 さん。

冒頭に お断りしますが

私は この 湊本窯 について 詳しく 知りません。

こういうものは 専門の方が いらっしゃいますで しょうから

私以上に ご存知だと 思いますので 御ゆるしください。

箱から しますと 明らかに 昭和のものです。

この茶盌を 誰と 特定できませんが

丁度 手に入れましたので ご案内 申し上げます。

入手しました時は 金銀が スレていましたので 塗りなおしました。

塗り直しは 15000円 かかりました。

これで 来年春に 気持ちよく つかえます。

嶋台の 塗り直しは この冬に しておいてください。

皆様 お正月前になって 慌てて なさいますが

塗りたてを 使うと 簡単に 剥げるのです。

塗ってから 一年 置いてください。

そうすると 来正月に 使っても だいぶ モチが良くなります。

ということを 言いたくて この嶋台を ご案内いたしました。

 

湊焼(みなとやき)

湊焼とは、大阪府堺市湊において、17世紀の後半の慶安年間(1648〜1652)に、楽焼の3代目道入の弟の道楽が、窯を開いたのが、はじまりとされています。道楽窯は、その後、山本窯へ引き継がれました。
同じ頃、京都御室の陶工上田吉右衛門も、堺・湊村へ移住し、道楽窯の製法と焼法を学び、堺での焼き物づくりを始め、吉右衛門窯となります。上田吉右衛門窯は、五代目にいたり、楽焼・交趾焼写の製造に成功しています。

湊焼は、江戸時代、山本窯や上田本湊窯によって発展しました。
18世紀初頭には、上田吉右衛門の親戚である長浜屋吉兵衛が、上田本湊窯の作品を手本として数々の名作を残しました。この上田本湊窯の分家である長浜屋窯は、明治以降、津塩姓を名乗り、津塩窯と呼ばれ、茶陶を中心とした上質の作品を残しました。
また、堺市材木町東一丁に住む金田新平(初代)は、陶器商を営む傍ら、明治10年に、盃専用窯を開き、以後活況を呈しました。
上田本湊窯は、8代目吉右衛門吉平の逝去(明治39年)によって終焉を迎えており、その他の窯も、明治末期には、廃窯になったようです。

★ 復興湊焼 ★

昭和15年、堺の酒造家、大澤鯛六が、湊焼の廃窯を嘆き、自邸(堺市大町東三丁)で窯を開き、その再現を計りました。これを復興本湊焼、別名鯛六焼と称し、昭和18年まで自邸で、以後は、岬町深日で操業しますが、昭和19年に鯛六が逝去し、その後、昭和36年には廃窯となってしまっています。

また、初代金田新平の子息である二代目新平は、戦後、堺更紗の見本帳を多く収集、それを題材とした堺更紗文の茶碗を製作、また地元堺に密着した題材の作品を、多数残しましたが、昭和51年新平の逝去により途絶えてしまいました。

現在は、堺市中区福田で、陶芸教室M・O・Cスタジオを主催する中橋一彰さんが、2006年に窯を開いて、湊焼の復興に尽力しています。

 

 

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