器22 12代 永楽善五郎(和全)造 大内 山焼 鉢 2万円 共箱
       横山清暉 蕨の絵 
口径15.5×16.5cm

清水特有の 半磁器で 地色は 白濁色。

絵は 横山清暉の蕨の絵です。

清暉の花押があります。

そして 箱の蓋裏にも署名があります。



蓋の表は 和全の箱書きです。 

ところで この箱書の 大内山焼  というのが どこなのか 判然 としませんが

和全は 1852年に 仁清窯跡に御室窯を築窯し、本格的な作陶活動に入った。

とありまして 仁清窯跡 というのは 今の 仁和寺の 門前で あったと いいます。

その 仁和寺の 後にある 山が 大内山 と申します。

おそらく 1852年 〜 ほどない頃の 作 と 推定されます。

大内山焼  というのは 窯場の 地名から 即興的に 閃いて 書いたのではないかと 思いますが

その後は 御室 という 名前を 用いています。

以上は 私の 推測でしか ありませんが

箱書は まぎれもなく 和全のものです。

いずれにしても 楽しい鉢 で ございます。

 

ちょっとした お茶事に こんなことも 妄想しながら お話するのも 誠に 一興で ございます。

今は 盛りの 御室の桜も 昨日今日の雨で どうでしょうか ?

などと 思って この鉢のことを 探し出して きました。

 

春泥一興。

 

 

横山 清暉(よこやま せいき、寛政4年(1792年) - 元治元年(1864年)は、日本の江戸時代末期に活躍した四条派の絵師。松村景文の弟子で、中島来章、岸連山、塩川文麟らと共に、幕末画壇の「平安四名家」と評された。

永樂 和全(えいらく わぜん、1823年(文政6年)-1896年(明治29年)5月7日)は19世紀に活躍した京焼の陶芸家。 千家十職の一つ、土風炉師・善五郎の十二代である。江戸後期を代表する陶芸家の一人永樂保全(十一代善五郎)の長男で、幼名は仙太郎。 十二代善五郎を襲名したのは1843年であり、1871年に息子の得全に善五郎の名を譲って隠居し、以降は善一郎と名乗った。
1852年に義弟・宗三郎(回全)と共に仁清窯跡に御室窯を築窯し、本格的な作陶活動に入った。さらに、44歳で隠居した後も加賀大聖寺藩に招かれて山代で製陶の指導を行なうなど、精力的な活動を続けた。保全の残した負債に苦しむなどもしたが、よく後代に基盤を残した。

 

 

 

このページに直接入られた方は こちらから TOP へ お帰りください。

具、します。  鑑定見積り  無料です。  お気軽にどうぞ   

お問合せは、
ひなや福寿堂 TEL.FAX 0798−26−2553 へお願いします。
〒662-0042 兵庫県西宮市分銅町7-6
http://.hinaya.biz
E−mail:info@hinaya.biz