絵8 望月玉川 宇治橋、蛍の図 桜井供秀 賛 22万円 合せ箱
掛軸寸法69.5×205cm
本紙寸法57×128cm

本紙は 絹本。
絵は 望月玉川
幕末の人です。
望月派というのは ちょっと マイナーな 派でして
宮廷画と申しますか 典雅な画風です。 

その中で 望月玉川は 江戸後期の画家で 望月派では やや変わった絵描きさんで
呉春をしたって 四条派の影響が 強い画家です。
とても 叙情的な画風です。
この絵も 暮れなずむ 宇治橋の下を 蛍が乱舞しています。
幽玄な風情です。
玉川 の 傑作といえます。

はしひめの たもとやすずし 夜なみに ほたる みだるる うじのかわかぜ 正三位供秀賛

情緒纏綿 というのは この事です。
もう 夢の様な絵 です。
墨 一色で これだけ 描けるんですね。


表具は 裂表具。
一文字 牡丹唐草文金襴
中廻し  梅文 衣装裂
天地   紬
軸先  溜塗 頭切 
箱    桐 新品


状態 良好です。 名品。
強く おススメ申しあげます。

はし‐ひめ【橋姫
(古くは「はしびめ」とも)
[1] ?名?
@ 橋を守る女神。特に、京都府宇治市の宇治橋にいる女神を宇治の橋姫といいならわした。
※古今(905‐914)恋四・六八九「さむしろに衣かたしき今宵もやわれを待つらむ宇治の橋姫〈よみ人しらず〉」
A 江戸時代、橋のたもとに立つ街娼や、その近くの茶屋の私娼などをいう。
※俳諧・水馴棹(1705)「橋姫や不男等にもさねかづら」
[2] 「源氏物語」第四五帖の巻名。薫二〇歳から二二歳の一〇月まで。薫は出家を思う心から宇治に隠棲する八の宮を訪ね、大君と中君を知り、山荘の模様を匂宮に語る。また、大君に仕える弁のおもとから、自分の出生の秘密を知らされる。宇治十帖の第一。 日本国語大辞典。

望月玉川(もちづき ぎょくせん、寛政6年(1794年) - 嘉永5年3月6日(1852年4月24日))は、日本の江戸時代後期の望月派の絵師である。名は輝、または重輝、字は子瑛、玉川、資清館と号した

 

桜井供秀
江戸後期の公卿。氏全の男、正三位。嘉永6年(1853)歿、73才。

 

 

 

 

 

 

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