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絵80 須磨対水 白粉花 8万円 共箱(対箱)
掛軸寸法26×193cm
本紙寸法23,5×112cm

本紙は 絹本。
細物にて 姿良し。
絵は 待合の名手 須磨対水

オシロイバナ(別名 夕化粧)の絵は わりと 珍しいです。

私が 小さいころ そうですね まだ 小学校へ いっていないころ
この花を 取ってきて 誰ともなく 子供たちが 集まってくるんですね。
確か ギュっと 絞ると 真っ赤な汁が 出てきて それを コップに入れて 色水を 作りましたね。
そこにいる子は 殆ど 女の子だったようで、
女の子は オシャマですから 私の 出番は あまり なかったです。
水に 薄まって いろんな色水が できていきます。
朝顔も そうしました。 きれかったです。
ところで 調べると 色んな 遊び方が あるんですね。

オシロイバナの遊び方

種を割って中から出てくる白い粉を鼻筋などに塗っておしろいとして遊ぶ以外には、花の汁をこすりつけてマニュキアのように爪を染めることができます。東北地方にはオシロイバナの赤い花を鼻先につける鼻天狗という遊びがあります。男の子はオシロイバナの黒い種を鼻の穴へ入れて鼻鉄砲として遊んでいました。鼻の奥へ種が入ってしまう危険を伴うのでおすすめできませんが。それ以外にも花の蜜を吸ったり、花の付け根の緑色の部分を開いており、めしべをひっぱるとオシロイバナのパラシュートが出来ます。


表具は 裂表具。
一文字 本金 竹屋町
中廻し 瓢唐草文 どんす 
天地 綿支那パー 
軸先 頭切 骨
箱 桐


状態 良好です。
強く おススメ申しあげます。

今でも オシロイバナは どこでも 見かけます。
その上に コウモリ を 飛ばしたのは さすがに 須磨対水です。
待合掛けとしては 饒舌かもしれません。
でも なんか 懐かしいです。
 

取り澄ました 茶花も いいですが
子供たちの はしゃぐ声が 聞こえてくるような こんな花もいいです。
嬉しいものです。


箱は 対幅の箱です。
もう一幅の絵は 朝顔ですが 行方不明です。

 

吉兆」の誕生
昭和5年11月、義父は神戸から離れて大阪の新町に間口1間2分5厘(2.25メートル)、奥行6間(10.6メートル)の小さな店を出すことになりました。
29歳の時でしたが、開業の半月ほど前にいとこの「きく」と結婚をしました。
当時、大阪画壇で活躍していた須磨対水氏の発案で、今宮戎に関係する吉兆笹から「吉兆」と店の名前が決まりました。
そして、須磨対水氏によって「お鯛茶処吉兆」とかかれた暖簾が店の前に掲げられました。
店は箸紙のように細い形だったと、義父が話していましたが、入ったところからずっと通路があり、右側が調理場で横には丸炉が切ってあったそうです。
一番奥が客席で、丸炉には釜を掛け、お客様が来られると釜の湯で香煎茶を差し上げたそうですが、これもお茶から来たことでしょう。
天井には、京都の高辻にある和田卯さんで求めた朱塗りの八方行燈を吊り、黒塗りで縁を朱塗りにしたテーブルに、朱塗りの椅子を合わせ、それに萌黄色の座布団を載せるなど、全体をハッキリとしたコントラストでまとめました。
食器も当時のお茶人さんたちに好まれた永楽さんや楽さんの上質な食器を揃えたそうです。奥に設けたトイレの小用には杉の葉をたっぷりと入れたりするなど、茶味のある洒落たしつらえの店であったそうで、開店の時はとてもうれしかったと話しておりました。 吉兆さん HPより

   対水作品 お買い上げの方には この本をお付けします。

須磨対水
四条派の画家。大阪生。名は鹿太郎。久保田桃水に師事。昭和30年(1955)歿、88才


対幅の箱。