2-28 海老の絵 望月玉渓筆 4万円
山本行範サン 偕老萬一年
惺斎 箱書 表具好
掛軸寸法(幅)54×(縦)125cm
本紙寸法(幅)52×(縦)38cm
本紙は 紙本。
横
物にて 姿良し。
海老の絵 望月玉渓筆
山本行範サン 偕老萬一年 。
| 偕老同穴の解説 - 小学館 デジタル大辞泉 かいろう‐どうけつ〔カイラウ‐〕【×偕老同穴】 1 《「詩経」邶風・撃鼓の「偕老」と「詩経」王風・大車の「同穴」を続けていったもの。生きてはともに老い、死んでは同じ墓に葬られる意》夫婦が仲むつまじく、契りの固いこと。 2 カイロウドウケツ科の海綿動物の総称。深海の泥中に直立する。円筒形で、全長30〜80センチ。体壁はかごの目状で、内部の胃腔に雌雄一対のドウケツエビが共生することから、はじめエビをカイロウドウケツと呼んだが、後に海綿の名となった。相模 (さがみ) 湾・駿河 (するが) 湾や土佐湾に生息。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ という事なんですが この賛の場合 偕老萬一年とあります。 まぁ いつまでも 何時までも 夫婦仲睦まじく というようなことと 思います。
山本行範 やまもと ゆきのり |
箱書は 惺斎さん、 しかも 表具好です。
全て 中々 こっています。
本紙に 全体 シミあります。
ただ この場合 表具が 好みですので
表具を やり直す訳には いきません。
むしろ し直さないほうが いいんです。
ご理解ください。
長寿の御祝に 金婚式などに 最適です。
強く おススメ申しあげます。
表具は 侘び表具 惺斎 表具好。
一文字 吉祥文 金襴
中廻し モミ紙
天地 染紙
軸先 頭切 黒塗
箱 桐
本紙全体に シミがあります。 画像をよくご覧ください。 ↑↓
望玉渓 試筆 花押。 ↑
| かいろう 偕老 《老いを偕 (とも) にする意》夫婦が、年をとるまで仲よく一緒に暮らすこと。 望月玉渓(もちづき ぎょくけい、1874年(明治7)〜1938年(昭和13)) 望月玉泉の子 父に画技を学び、望月派5代目として家督を継ぐ。 1896年、第一回絵画共進会展にて2等褒章を受章。 京都美術協会会員、日本美術協会会員、日本画会会員として活躍した。 子に望月玉成、兄弟弟子に川合玉堂、跡見玉枝など。 印名は「玉渓画印」 「釣玉蝉」 「玉蝉」 「玉蝉画印」 「重信」 「源重信印」 など 12代 敬翁宗左(惺斎) 1863−1937 敬翁宗左の生涯 表千家11代瑞翁宗左の長男として生まれ、30歳で12代目を継ぐという少し遅咲きになりました。 瑞翁宗左は、敬翁宗左に12代目を継がせた後も亡くなるまで親子二人三脚で茶道を盛り上げていきました。 茶道は明治維新により一時衰退期を迎えましたが、父、11代瑞翁宗左の功績や、日本経済の発展と共に徐々に茶の湯の文化も取り戻されていきます。 敬翁宗左の活躍した時代は、曠叔宗左の七十回忌、豊太閤三百年祭での献茶、天然宗左の百五十回忌など茶事や献茶が頻繁に行われ、茶道の復興と隆盛に大きく貢献しました また、瑞翁宗左は時代に応じて3種類の花押を使っていた事が有名です。 幼少の頃の名前「与太郎」から一文字取って、「与」の字を意匠化したものを使い、30歳で12代目を継いだ時には「飛行機判」、晩年には「自動車判」という花押に変わりました。 このように花押が何度も変わるのは大変珍しく、明治、大正、昭和をめまぐるしく生きた敬翁宗左の心の現れだったのかもしれません。 表千家の宗匠達は多くの好み物を持っていましたが、敬翁宗左好み物は歴代家元の中でも圧倒的に多く、代表的な好み物400点程を集めた書物も出版されるほどでした。 千家十職の道具などを多く好む表千家の宗匠達ですが、敬翁宗左はその他にも地方で作られている物などを多く取り入れているところなども他の宗匠達と異なります。 75歳でこの世を去った敬翁宗左ですが、生前各地国窯や工芸家の育成にも尽力し、書付も数多く残されています。 |
箱書
海老の絵 玉渓筆 表具好
行範サン 壬申年冬 左 花押。
良い箱です。