茶碗2−4 13代 楽吉左エ門(惺入) 倣 高麗 茶碗 1 8万円 共箱
口径13cm ほぼまん丸 高さ8,5cm

作は 惺入さん。

惺入は大正8年(1919年)、「樂家十二代 弘入(こうにゅう)」の長男として生を受けました。その後、父に師事して陶作を開始。厳しい修行に耐えながら、楽焼の技術・技法を学びます。その後、33歳で「惺入」を襲名。歴代当主の中で、もっとも遅い襲名となりました。
日本の伝統芸道である「茶の湯」は、安土桃山から江戸時代にかけて発展しました。しかし、江戸時代以降は明治維新や文明開化により、茶の湯そのものが低迷。それは惺入が生き、陶作に打ち込んだ時代も同様です。くわしくは後述しますが、惺入は衰退する茶道文化の啓蒙に尽力した人物として知られます。

惺入が活躍した明治中期〜昭和前期は、戦争が頻発していました。度々物資不足などが起こり、陶芸家には不遇の時代だったといえます。
それでもなお、惺入は楽焼の伝統を守りつつ、創意工夫をしながら陶作を継続。同時に茶道研究の一環から、「茶道せゝらぎ」という専門研究誌を発刊しています。

以上のようなことですから

この茶碗は ほぼ 60年ほど前の物です。
高麗 茶碗 という所で  珍しいものです。

高麗というのは 大体 荒々しいものなんですが
この茶碗は 静かな雰囲気で どちらかと言えば 御本写し という感じ。

タップリした茶碗で やや椀形。
大きさは 僅か 大きめ。
高台は 僅か高めで くっきりしています。
重さは やや重め。 300g。

申し分の無い茶碗で 正客に 充分いけます。

申し分のない 茶碗 なんですが 重大な欠陥が あります。

それは 口から下へかけて 一本 ヒビが あったんです。
そして その部分を 修理しています。

画像では よく解りませんが
それほど 上手な 修理です。

以下に 画像が ありますので
よく ご覧ください。

結論として 強く おススメ申しあげます。
使ってあげてください。

申し分のない 茶碗 なんですが 重大な欠陥が あります。

それは 口から下へかけて 一本 ヒビが あったんです。
そして その部分を 修理しています。

画像では よく解りませんが
それほど 上手な 修理です。

以下に 画像が ありますので
よく ご覧ください。

色合いが 無づかしいんですが
実物は もう少し ピンクがかっています。

 

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