茶碗11 十代 楽吉左衛門 (旦入) 五器形 黒茶碗 共箱
     鵬雲斎 箱書 銘 呉竹
     15代 直入 極め
胴径11.7cm 高さ8cm

本年(令和4年)2月22日に 箱書を頂いた ほやほやの 茶碗です。

説明は 画像の下に 入れておきます。


土見せ部分 二か所 窯キズあり 
 

内側 赤〇部分 約5cm ヒビとまでは いきませんが ↑
ごく 細い サメ (業者は そういいます。)一本あります。

が 全体 結論として 状態 良好といえます。

格安にておススメ申し上げます。

 

御器はもと禅寺の塗椀で、その形に似た高麗茶碗をも御器といい、普通呉器の字を当てる。
いずれも薄手で端正な茶碗であります。
総じて丈が高く見込が深く、高台もまた高く、かつ外に開いています。
これを分けていろいろの名称があります。
紅葉の色を帯びたのを紅葉呉器といい、京都大徳寺に伝わっているものを大徳寺呉器といいます。
錐呉器とは高台が切ってあるからともいい、茶溜まりが深くて錐で突き立てたようだからともいいます。
その他尼呉器・絵呉器・番匠呉器・遊撃呉器・半使呉器・佐保山呉器・椙形呉器・端反呉器・真呉器・後渡呉器・御本呉器・茂三呉器などの名称があります。
(『和漢茶誌』『茶道笙蹄』『陶器集解』)

五岳は なだらか。
総評として 見れば見るほど 良い茶碗です。

黒釉は 艶があって 特に 美しい。
黄色い斑点が 良い景色と なっています。
下部 釉のたまりは 絶妙。

ヘラ目は 穏やか、 全体 瀟洒な 趣で 通の茶碗です。

隷書楽印。 文政九年(1826)五月、紀州徳川治宝候から貰った字。

釉の溜りは 特に 美しい景色です。

高台の高さ 1,4cm、 呉器の高台としては やや低め。

在印 印のした 窯キズアリ。 ↑

土見せ部分 二か所 窯キズあり ↑

土は 荒く 粘り気がある。 焼きは 硬い。

 

見込みの底に 浅い 茶だまり あります。

口から底へかけて やや 厚くなっています。

大きさは 普通、重さは わずか重め 290グラム。

 

内側 赤〇部分 約5cm ヒビとまでは いきませんが ↑
ごく 細い サメ(業者は そういいます。)あります。
使用には 問題ありません。

 

土見せ 了入の土ににているが それよりも 粘り気がある。
土肌は 荒々しい。 そこが 味良い。

仕覆。

鵬雲斎箱書、 旦入造 黒 茶碗 呉竹 宗室 花押。

直入さん 極め(側面)  

五器形 黒 隠居印 共箱添 旦入造 令和四年 如月 直入證 印

 

旦入の箱書、  五器形 黒茶碗 印 十代 楽吉左衛門造

紐 修理あります。

 

二重箱、 (外箱 メガネ箱 杉)

 

楽旦入 らく-たんにゅう
1795−1855* 江戸時代後期の陶工。
寛政7年生まれ。楽了入(りょうにゅう)の次男。京都の楽家10代。紀伊(きい)和歌山藩で御庭焼をおこなう。藩主徳川治宝(はるとみ)から「楽」の印判をあたえられた。「聚楽焼(じゅらくやき)由緒歴代書」を作成し,楽家の系譜を整理した。嘉永(かえい)7年11月24日死去。60歳。本姓は田中。名は喜ト(よしすえ)。通称は吉左衛門。

 

くれ‐たけ【呉竹
〘名〙 (「くれ」は中国伝来の意を表わす語)
@ 植物「はちく(淡竹)」の異名。
※大和法隆寺文書‐天平宝字五年(761)一〇月一日・法隆寺縁起并資財帳「壱枚漆埿 茎呉竹形、端銀継」
※本草和名(918頃)「淡竹 一名緑 和名久礼多介」

A 香木の名。分類は羅国(らこく)と真南賀(まなか)の二種がある。
[語誌]通説では「本草和名」にいう淡竹(はちく)。「和名抄」では竹のことという。中国産だが、早くから渡来し、火(ひとり)や杵・臼・箕などの柄の材料となったらしい。観賞用にも植えられ、清涼殿の東庭のものが有名。「枕草子」にはこの竹が晉の王子猷に愛され「此君」と呼ばれた故事があげられている。

 

 

 

 

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